1913年(大正2年)の出来事一覧|日本&世界の戦争・歴史的に有名な出来事・スポーツまとめ!

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1913年(大正2年)の出来事を見ていきませんか?

“自分が生まれる前、どんな出来事があったんだろう”と思ったことはありませんか?
今回は1913年(大正2年)の出来事を紹介していきます!

1913年の出来事をジャンル別(政治・経済・スポーツ・時事など)にまとめてみました。
また、注目の出来事は「出来事ランキングベスト10」年表のような月別出来事カレンダーでは、より細かく1913年の出来事を知れるようになっています。

1913年がどんな時代だったのかを知れるヒントにもなりますよ。

皆さんで一緒に見ていきましょう☆

 

 
ナッツー
1913年(大正2年)は、明治から大正に年号が変わってすぐの年ね。
日本史・世界史のように、歴史に残る大きなの出来事が多く起きていたみたい!
1913年がどんな時代だったのか、見ていきましょう。

まずは特に注目すべき出来事を「出来事ランキングベスト10」でまとめてみました。
知っている出来事はランクインしているかしら。

 

1913年の出来事ランキングベスト10

  1. 大正改変が起きる(2月11日)
  2. 中華民国・袁世凱氏が大統領就任(10月10日)
  3. 南京事件発生(9月1日)
  4. 徳川慶喜さん死去(11月22日)
  5. ファッションデザイナー・小篠綾子さん誕生(6月15日)
  6. 亀戸警察官電殺事件が発生(4月4日)
  7. タイタニック記念灯台落成式開催(4月13日)
  8. 木曽駒ケ岳大量遭難事故が発生(8月26日)
  9. 森永ミルクキャラメル発売開始(6月12日)
  10. ニューヨーク・ワールド誌に「クロスワードパズル」が掲載(12月21日)

<年代別にランキングTOP3を見る>

 

 
カッシー
 1913年(大正2年)の出来事ランキングベスト10を紹介しました。
見ていくと、日本史・世界史はもちろん、歴史上有名な出来事が多く発生しているわね。

2024年現在、私たちの生活に密着しているもの・遊びが登場しているのも特徴的☆
もっと1913年のことを知りたくなるよ!

 

1913年の出来事一覧|日本&世界の戦争・歴史的に有名な出来事・スポーツまとめ!

 

 
ノスタ
ここでは、1913年(大正2年)の出来事をより細かく紹介していきます。
年表のような出来事カレンダーになっているから、「いつ・どんなことが起きた」というのが分かりやすいよ!

一覧でまとめているから、一緒に見ていきましょう☆

 

 

1913年1月の出来事一覧

1月11日

チベット・モンゴル相互承認条約締結
1月19日 沖縄県庁放火事件が発生
1月20日 国民党分裂
1月23日 日本海軍・江頭安太郎さん死去
1913年2月の出来事一覧
2月1日 第1回極東選手権競技大会開催
2月5日 尾崎行雄さんが政府弾劾運動を実施
2月11日 大正改変が起きる
2月20日 第1次山本内閣発足
2月23日 政友倶楽部発足

1913年3月の出来事一覧

3月4日 第28代アメリカ大統領にウッドロウ・ウィルソンさんが就任
3月18日 ゲオルギオス1世暗殺事件発生
3月31日 投資家ジョン・ピアポント・モルガンさん死去
1913年4月の出来事一覧
4月3日 国語学者・金田一春彦さん誕生
4月4日 亀戸警察官電殺事件が発生
4月13日 タイタニック記念灯台落成式が行われる
4月24日 ウールワースビル開業
1913年5月の出来事一覧
5月4日 俳優・森繫久彌さん誕生
5月29日 舞台「春の祭典」初演
5月30日 第1次バルカン戦争終結
5月30日 ロンドン条約締結
1913年6月の出来事一覧
6月4日 愛知貰い子事件発生
6月10日 森永ミルクキャラメル発売開始
6月15日 ファッションデザイナー・小篠綾子さん誕生
6月29日 第2次バルカン戦争開始
1913年7月の出来事一覧
7月12日 中華民国・第二革命が発生
7月30日 児童文学作家・新見南吉さん誕生
1913年8月の出来事一覧
8月10日 第2次バルカン戦争終結
8月16日 日本海軍巡視船「金剛」が竣工
8月21日 帝国大学初の女学生が誕生
8月23日 人魚姫の像公開
8月26日 木曽駒ケ岳大量遭難事故が発生
1913年9月の出来事一覧
9月1日 南京事件が発生
9月4日 ワグナー事件が発生
9月4日 衆議院議員・田中正造さん死去
9月5日 阿部守太郎さん暗殺事件発生
9月23日 ローラン・ギャロスさんが地中海横断成功
1913年10月の出来事一覧
10月1日 横浜勧業共進会開催
10月10日 中華民国・袁世凱さんが大統領就任
1913年11月の出来事一覧
11月6日 南アフリカ連邦・アハマトガンディーさん逮捕
11月11日 ハウス食品設立
11月22日 徳川慶喜さん死去
1913年12月の出来事一覧
12月12日 モナ・リザ発見
12月12日 コメディアン・坂井駿二さん誕生
12月21日 アメリカニューヨーク・ワールド誌に「クロスワードパズル」が掲載
12月23日 立憲同志会結成

 

 
タリー
1913年(大正2年)の出来事を出来事カレンダーで紹介しました。
月別ごとにまとめられているから、とても見やすくて分かりやすいわ!

こうやって一覧でまとめてみると、政治・事件のジャンルで目立った動きが多いようね。

1913年がどんな時代だったのか、もっと知りたくなるわ! 

 

1913年の日本&世界の出来事をさらに深掘り!どんな時代だった?

出来事の深掘りその1:戦争について

 

 
カッシー
 ここからはジャンルごとに1913年(大正2年)のことを紹介していきます。
ここでは『戦争』についてまとめてみました。

1913年は大きな戦争はなかったけど、“ある戦争”が大きく注目されたよ。

 
この戦争に注目!【バルカン戦争】

1913年で最も注目された戦争として、ヨーロッパ島南部を中心に発生した『バルカン戦争』があります。
バルカン戦争は、2回に分けて開戦・終結しています。

①第1次バルカン戦【1912年10月8日~1913年5月30日】
1908年以降、勢力が弱まっていくオスマン帝国に対して、バルカン同盟諸国(ギリシャ・ブルガリア・モンテネグロ・セルビア)が起こした戦争。
大きな勢力を持っていたロシアを後ろ盾としたバルカン同盟諸国が、政策に反発する諸国の対応に追われるオスマン帝国に次々に宣戦布告。
オスマン帝国は勢いを止めることができず、敗戦国となってしまいます。
1913年5月30日、領土問題を調整する条約・ロンドン条約を締結し、第一次バルカン戦争は終結しました。

②第2次バルカン戦争【1913年6月29日~8月10日】
ロンドン条約での領土配分に不満を持った、ブルガリアとギリシャ・セルビアが対立して起こした戦争。
ブルガリアがギリシャ・セルビア、マケドニアに侵攻している間、ギリシャとセルビアが同盟を結び、すぐに反撃。
それに合わせるかのように、モンテネグロ・オスマン帝国もブルガリアに宣戦布告し、ブルガリアは孤立状態となりました。
1913年8月10日に開かれたブカレスト講和会議で再度領土問題が調整され、ブカレスト条約が締結。
第二次バルカン戦争は終結しました。

 

その他の戦争関連の出来事

  • 日本海軍巡戦艦「金剛」竣工日本

1913年8月16日、日本超弩級巡洋戦艦・金剛が竣工されました。
日本の戦艦技術が海外より劣っていたため、初めて海外(イギリス)に設計・建造を依頼した戦艦としても知られています。

完成後【世界最大・最強の戦艦】として、世界に名を轟かせた金剛は、その後開戦された第一次世界大戦・第二次世界大戦の2つの戦争に参加しました。
第二次世界大戦中の1944年11月21日、金剛は台湾沖付近で、アメリカの潜水艦・シーライオンから魚雷2弾を受けてしまいます。
戦艦自体の老朽化のほか、浸水被害が広がっていたため、金剛は次第に転覆を開始。
弾薬庫の大爆発により沈没、艦長を含む少将以下1,300名が犠牲となりました。

金剛が掲揚していた軍艦旗・改装時に取り外された部品の一部は、歴史的資料として保存されています。

 

 
ナッツー
1913年(大正2年)の『戦争』について一覧でまとめてみました。
世界を巻き込んだ大きな戦争はなかったけど、ヨーロッパで領土問題が発生していたんだね。

『バルカン戦争』はオスマン帝国の勢力が落ちていた時に発生したのがきっかけ。
世界史・歴史上でも有名な戦争だから知っておきたいわ。

『巡戦艦 金剛』の誕生は、日本だけでなく世界からも注目されたのが特徴ね!
最後まで戦い抜いた姿は、日本史・歴史上でも名を残すほどだったわ。

 

出来事の深掘りその2:歴史的に有名な出来事(ニュース・時事・災害・事件など)について

 

 
タリー
ここでは、1913年(大正2年)の『歴史的に有名な出来事』を紹介します。
ニュース・時事・災害・事件といった、私たちの生活に密着した出来事になるわね。

この項目が「1913年がどんな時代だったか」を一番知れるかもしれないわ!
 どんな出来事が起きたのか、じっくり見ていきましょう☆

 

盗まれたあの名画が発見!!

1913年12月12日、行方不明となっていたレオナルド・ダ・ヴィンチの代表作『モナ・リザ』が発見されました。
当初『モナ・リザ』はルーヴル美術館に飾られていましたが、1911年8月21日、フランスの画家ルイ・ベローが『モナ・リザ』がなくなっていることに気づき、盗難が発覚!

事件発生から2年経った1913年、イタリア人のピンセンツォ・ペルージャが犯人として逮捕されました。
ピンセンツォは、ルーヴル美術館の清掃員として働いていたことがあり【イタリア人のレオナルド・ダヴィンチの作品はイタリアの美術館に収蔵されるべきと思い、盗んだ】と供述しました。

『モナ・リザ』はイタリアで巡回展示された後、ルーヴル美術館に返却。
盗難などの被害が合わないよう防弾ガラスのケースに収められ、2024年もルーヴル美術館に飾られています。

 

その他のニュースをピックアップ!

  • 帝国大学初の女子学生誕生日本

1913年8月21日、日本で初の女子大生が誕生しました。
女子大生となったのは、黒田チカさん・丹下ウメさん・牧田らくさんの3人。

明治時代から【男性が通うのは大学、女性が通うのは専門学校】という考えが一般的でしたが、東北帝国大学は「門戸解放」という革新的な理念を掲げ、女性の入学を許可しました。
この女子学生の入学は、メディアで大きく取り上げられ、男子学生も反対運動を行うなど抗議がありましたが、学校側が女子学生の入学を取り消すことはありませんでした。
3人は無事に大学を卒業することができ、女性の大学進学・女性研究者の先駆けとなりました。

 

  • ローラン・ギャロスさんが地中海横断に成功フランス

1913年9月23日、フランスの飛行家ローラン・ギャロスさんが地中海横断飛行に成功しました。
世界で初めて地中海横断飛行に成功したローラン・ギャロスさんは、その後第一次世界大戦でフランス空軍の一員として戦争に参戦。
29歳11か月でその短い生涯を終えました。

テニス・全米オープン「ローラン・ギャロス・トーナメント」、会場となっている「スタッド・ローラン・ギャロス」はローラン・ギャロスさんを讃え、命名されたと言われています。

 

  • 人魚姫の像完成・公開デンマーク

1913年8月23日、アンデルセンの童話『人魚姫』をモチーフにしたブロンズ像が、デンマーク・コペンハーゲンで公開されました。
高さ1.25m・重量約175㎏の像でデンマークの観光名所として、人気を集めています。
この人魚姫の像は、頭部はプリマドンナだったエレン・プリースさん、首から下は彫刻家エドヴァルド・エリクセンの妻エリーネ・エリクセンさんがモデルとなっています。

この像は、ペンキが塗られたり像の一部が破壊されたりなど被害を受けますが、その都度修復されている像としても有名です。

 

 
ノスタ
 ここでは、1913年(大正2年)のニュースを一覧でまとめました。
一覧にしてみると、日本・海外でいろんなニュースが起こっていたね!

『モナ・リザ』は日本はもちろん、世界中から注目を集める名画として有名!
盗難されて見つかるまでの2年間、捜査を続けた当時の警察は素晴らしいよ。

『日本初の女子学生』はこの年に誕生したんだね。
当時は男性だけが大学進学できたそうだから、女性の大学進学は日本中に衝撃を与えたね。
この出来事以降、約10年ほど女性の大学進学は中止されたという話もあるよ。

2024年のニュースもチェックしていこう☆

 

 

1913年に生まれた有名人・芸能人をご紹介!

●小篠綾子さん(ファッションデザイナー・東京都出身)
ファッションデザイナー・コシノ3姉妹の母親
・高校中退後、独自に立体裁断を手掛け、ミシン1台で「コシノ洋裁店」を開店
・夫を戦病死してから、1人で子供3人を育て上げる
2011年NHKテレビ小説「カーネーション」でその生涯が描かれ注目を集める

●森繫久彌さん(俳優・東京都出身)
・NHKアナウンサーから俳優へ転身した異色の俳優
『夫婦善哉』『社長シリーズ』『駅前シリーズ』で実力派俳優としての地位を確立
「森繫節」と呼ばれる語りがテレビ・ラジオで人気を博す
・2009年11月10日、老衰により96歳で亡くなる

 

その他の時事ニュースをピックアップ

  • 1913年の流行

クロスワードパズル【1913年12月21日「ニューヨーク・ワールド誌」に掲載され、世界中で流行】
大正モダンガール【西洋文化から影響を受けた女性が多数】

 

  • タイタニック記念灯台落成式開催アメリカ

1913年4月15日、タイタニック号沈没で亡くなった乗客・乗組員らを称える灯台がニューヨーク・マンハッタンに建てられました。

「タイタニック沈没事故」は、1912年4月14日~15日にかけて起きた、世界的に歴史に残る海難事故
氷山に衝突したことが原因となり、乗客・乗組員1,514人が死亡、710人が生還しました。

乗組員が救助活動に不慣れだった・乗客の等級によって異なる避難時の対応など、ずさんな危機管理体制が問題視され、この事故をきっかけに救助のあり方を見直されました。
俳優・レオナルドディカプリオさん主演で映画化されたことで、日本を含め世界中でさらに注目を集めてました。

 

 
タリー
1913年(大正2年)の時事ニュースを一覧でまとめました。
 
『小篠綾子さん』は連続テレビ小説「カーネーション」で注目された女性よ。
女手一つで子ども3人を有名ファッションデザイナーに育て上げたのは、素晴らしいわ!

『森繫久彌さん』は、大物俳優として芸能界で活躍していた男性ね。
存在感のある演技、俳優仲間の葬儀で弔辞を読む姿が特に印象的。

人気のクロスワードパズルは、この年をきっかけに世界的流行となったね!
日本でも「サンデー毎日」の掲載を機に、人気が広まったよ。
2024年の時事ニュースは、どんなものか楽しみね。

 
日本中が注目!木曽駒ケ岳大量遭難事故

1913年8月26日、木曽駒ケ岳大量遭難事故が発生し、集団宿泊行事で登山していた学生らが犠牲となりました。

登山に参加したのは、箕輪町立箕輪中学校2年生25人と赤羽長重校長と部下2人、同窓会会員10名の合計38人。
朝5時40分頃に出発した一行は、夏の暑さを考慮し、登山途中で長めの休憩を取っていました。
天気の急変を不安視した赤羽校長が「帰ろう」と提案しましたが、複数の生徒は「帰らぬ」と拒否。
勝手に出発する生徒もいたため、強制的に登山が再開されました。

その後、天気が急速に悪化。
暴風雨となったため、避難で宝剣山荘という小屋に避難しますが、焚き火ができないほど小屋の損傷が激しく、寒さに耐えるしかありませんでした。
そんな中、生徒1人が死亡・複数人が低体温症を発症したことで下山を決定。
赤羽校長と生徒数人が死亡、校長の部下2人と離れるアクシデントが起きながらも、下山を続け、村人たちに救助を要請しました。

村の救助隊20人・警察40人・消防夫600~700人らが捜索のため集められ、救助活動開始。
赤羽校長をはじめ8人の遺体を収容、3人を救助することに成功しましたが、1人の生徒が行方不明となる結果に。
【天候判断ミスでこの事故は発生した】と、世間は登山の責任者である赤羽校長を激しく非難しました。

 

その他の災害をピックアップ!

  • 東北凶作で死者続出日本

1913年夏、東北地方を中心に冷害・凶作が発生しました。
原因は、東北地方独特の風「やませ」。
天候はもちろん、このやませが強く吹いたことで冷害・凶作が発生し、岩手県・宮城県・福島県を中心に餓死・死亡者が多く出ました。
やませによる冷害・凶作は、1913年(大正2年)が最も被害が深刻だったと言われています。

 

 
ノスタ
1913年(大正2年)の災害ニュースを一覧でまとめました。
一番注目は『木曽駒ケ岳大量遭難事故』だね!
出来事ランキングベスト10にもランクインされているよ。

天候悪化を懸念して下山を提案した先生に反対して、登山を続けてしまったのが原因の事故。
2024年のように山小屋や登山道がしっかり整備されていなかっただろうから、登山も下山も辛かっただろうね。
日本の歴史上はもちろん、遺族の皆さんにとっても辛い災害となってしまったわね。

『東北凶作』は江戸時代から続いていた、日本史に残る大きな災害。
2024年時点、農業技術が進んで凶作は少なくなったけど、日本の歴史上、忘れてはいけない出来事だわ。

 

衝撃の事件①亀戸警察官電殺殺人事件

1913年4月4日、東京都・亀戸で警察官などが感電死する事件が発生しました。

亀戸2丁目の住宅で裏口から侵入しようとした男を見つけ家主が警察に通報。
駆けつけた警官が捕まえようとしたところ、異様な閃光とうめき声をあげて倒れてしまいます。
それに驚いて駆け寄った家主と養父も倒れたため、妻と近所の人数名が近づいてみると、3人の下に電線が2本敷かれているのを発見!
医師が応急処置をしたものの、警官は熱傷と大量の出血で即死・家主と養父も重傷の熱傷を負う結果になりました。

2週間ほど経った4月15日、有楽町の洋品店に窃盗犯が侵入したと通報があり、付近に潜伏していた男性を逮捕。
事情聴取をしたところ、亀戸で起きた感電死事件とその他の窃盗事件についても自白し、再逮捕。
12月9日、東京地裁において、死刑が言い渡されました。

 
衝撃の事件②南京事件

1913年9月1日、中国国内で発生した政権打倒の革命で残留日本人数名が殺害される事件が発生しました。

当時の中国の中心地・南京を占領した北軍(袁世凱側)が、領事館に避難しようとした在留日本人数名を殺害。
さらに在留日本人の家屋を襲撃・略奪したことで事件が発覚!
日本人が犠牲になる事件が中国で多く発生していたことから、首相を中心とした日本政府は、事件関係の兵士たちの処罰・陳謝・賠償などを中国政府に要求しました。

これに対し中国政府は、すべての要求を承認することを書面で確認し合い、日中間で事件は解決となりました。

 
その他の事件をピックアップ
  • 愛知貰い子事件日本

1913年6月4日、愛知県で貰い子事件が発生しました。
逮捕されたのは、坂倉しげさん・沖つたさん・猪飼なかさんの3人。

3人は、1898年から私生児を40~50円の養育費とともに受け取り、その私生児を次々と殺害しました。
逮捕時には200人以上の子供が殺害されていたと言われています。
また、犯行の足取りを掴めないように引越しを繰り返したり、隠れ家で殺害したりと犯行を繰り返していました。
逮捕後、3人には死刑が言い渡され、1915年9月9日に執行されました。

 

  • ワグナー事件ドイツ

1913年9月4日、ドイツ(旧ドイツ帝国)・ミュールハウゼン村で大量殺人事件が発生しました。
逮捕されたのは、エルンスト・アウグスト・ワグナーさん。

ワグナーさんは、自宅で妻と子供4人の5人を刺殺。
その後事件現場となるミュールハウゼン村へ向かい、無差別に銃撃と放火を繰り返し、多くの人を殺害・重傷を負わせました。
ワグナーさんは警官2人と村の住人たちによって逮捕。

犯行理由として【教師として赴任した頃、酒に酔った時の自分の行いが住民たちの間で笑い者扱いにされていると思った。村の住民たちに復讐をしようと考えた】と述べています。
しかし、住民たちはそのことを全く知らず、結果的にワグナーさんの思い込みが招いた事件でした。

 
 
タリー
 1913年(大正2年)に起きた事件を一覧でまとめました。
1913年は日本だけでなく海外でも衝撃的な事件が起きていたんだね。

『電殺事件』『貰い子事件』は想像しただけでも震えてしまう事件。
被害に遭った子ども・大人たちには、かわいそうとしか言えないわ。

『南京事件』は出来事ランキングベスト10で1位になっている出来事!
世界史・歴史の授業でも耳にしたことがあるはずよ。

日本だけでなく、世界の事件にも目を向けてみるのもいいわね。

 

出来事の深掘りその3:スポーツについて

 

 
ナッツー
 ここでは、1913年(大正2年)のスポーツを紹介していきます!
1913年の日本は、スポーツ文化がまだ浸透していなかったみたいね。

そんな中どんな出来事がスポーツ界に起きたのか、まとめてみました。

 

東洋版オリンピック『極東選手権競技大会』開催

1913年2月1日、第1回極東選手権競技大会が開催されました。

●開催期間:1913年2月1日~6日
●開催国:マニラ
●参加国:フィリピン、中華民国、日本、マニラ
●競技:陸上、水泳、野球、テニス、サッカー、バスケ、バレー、自転車

元々は「東洋オリンピック」という名称でしたが、のちに「極東選手権大会」に改称されました。
この極東選手権大会は第10回まで開催された競技大会です。
日本は、第3回で東京、第6回で大阪が開催地に選ばれ、日本にとって【初の国際スポーツ競技大会開催地】として注目を集めました。

1934年、第10回極東選手権競技大会期間中に、日本と中華民国が対立・中華民国側が総退場したことで、極東選手権競技大会は終了となりました。

 

 
カッシー
1913年(大正2年)に起きたスポーツニュースを一覧でまとめました。
1913年は、他の年と比べるとスポーツ関連のニュースは少ない印象だね。

日本初となった国際スポーツ大会「極東選手権競技大会」はアジア圏の国々が中心となっているのが特徴的!
競技種目も様々で、大正時代にここまでスポーツが発展していたことに驚きだよ。
残念ながら第10回で競技大会はなくなってしまったけど、2024年の日本のスポーツ界に大きな影響を与えたのは間違いないね。

また、月日は不明だけど、1913年は日本のスポーツ界に「硬式テニス」を導入する動きが起きていていたようだよ。
1913年は【日本スポーツ界に新しい風を吹かせてくれた年】と言ってもいいかもしれないわ!

 

出来事の深掘りその4:政治・経済について

 

 
ノスタ
 ここでは、1913年(大正2年)の『政治・経済』を紹介します!
最初の出来事カレンダーでも言ったけど、この年の政治はとても濃い出来事が起きているよ。

どんな時代だったかを知れる重要な出来事を知れるはずだよ!

 
日本の政治が動いた!?『大正改変』

『大正改変』は、1913年を中心に【日本国民による民衆運動で政治が動いた】日本の歴史に名を残す出来事です。
どんな出来事だったのか、簡単に紹介します。

『憲政擁護運動』
・政治、首相らに不満を持った国民らが集まって開いた民衆運動

・1911年12月に「第1回憲政擁護運動」開かれ、約3,000人が集まる

1913年1月には約23,000人・2月には数万人が集まり、国会議事堂・警察署・新聞社などが襲撃される

・桂首相率いる桂内閣の崩壊、各地方での民衆運動開始のきっかけと言われている

2の首相・政権交代
・1911年8月、立憲政友会総裁・西園寺公望氏を首相とする「第2次西園寺内閣」が組閣
1912年12月、明治天皇死去後に崩壊

・1912年12月、桂太郎氏を首相とする「第3次桂内閣」が組閣
政策構想を公表するも憲政擁護運動を加速させてしまい、約53日で総辞職

・1913年2月20日、海軍大将・山本権兵衛氏を首相とする「第1次山本内閣」が組閣
海軍による汚職事件(シーメンス事件)が原因で内閣不信任案可決、1914年4月16日に総辞職

 
中華民国・袁世凱(えん せいがい)氏が大統領就任

1913年10月10日、中国清の軍人・袁世凱さんが中華民国初代大統領に就任しました。

袁世凱氏の【麻の糸をまとめるように元首が強権を振るうことで国をまとめられる】という考えと、国民党・宋教仁氏は【最高権力者の力を制限し議院内閣制を導入する必要がある】という考えが対立。
多くの国民の支持を集めていた宋氏を袁世凱氏は暗殺、反発する政治家らを撃退させました。

大統領に就任した袁世凱氏は、大統領の権限を強化した『中華民国約法の制定』、『自国の利益を優先させない者は銃殺刑に処す』といった厳しい政策を打ち立てました。
これに対して、国民・袁世凱氏の部下らが反発。
日本からも厳しい批判を受けてしまい、1916年3月22日に袁世凱政権は廃止となりました。

 
その他の政治ニュースをピックアップ!
  • ウッドロウ・ウィルソンさんがアメリカ大統領に就任

1913年3月4日、民主党のウッドロウ・ウィルソンさんが第28代アメリカ大統領に就任しました。

“戦争を終わらせるための戦争”として、第一次世界大戦の参戦を決断。
「14か条平和原則」を発表後、パリ講和会議を主宰し、国際連盟の創設に尽力しました。
その後、ノーベル平和賞を受賞しますが、1919年10月に脳梗塞を発症、左半身不随など重い後遺症を患ってしまいます。

大統領としての執務は、代理でイーディス大統領夫人が執務を行っていましたが、1924年2月3日にウィルソン大統領が死去。
アメリカ歴代大統領で唯一、ワシントン大聖堂に埋葬された大統領として知られています。

 

  • 江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜さん死去

1913年11月22日、“江戸幕府最後の将軍”として有名な徳川慶喜さんが亡くなりました(享年77歳)

1867年に大政奉還を行ったあと、勝海舟・西郷隆盛らと会談し、江戸城を開城。
東京都に移住した後、貴族院公爵議員として活動しました。
休日は蓄音機でレコード鑑賞を楽しんだり、いち早く電話をひいたりと余生を楽しんでいたと言われています。

【明治から大正へ】の時代の変化を見届けた人物の1人としても知られています。

 
 
タリー
1913年の政治ニュースを一覧でまとめてみました。
『大正改変』『袁世凱氏の大統領就任』は、出来事ランキングベスト10に載っている大きな出来事ね!

『大正改変』は国民が中心となった憲政擁護運動は、全国にまで広がるほどの大きな民主運動。
民衆の中には、新聞記者や野党の政治家も参加していたらしいわ。
首相が2回変わってしまったのも、原因の1つになったはずよ。

『袁世凱氏の大統領就任』も大きな出来事。
【独裁政権】という言葉が当てはまる政治運営を行っていたんだね。
世界史・歴史上に残る出来事として、2024年以降も覚えておきたいね。

 
日本経済に進展!2つの経済ニュースに注目☆

ハウス食品設立

2024年現在、カレー・シチューの素で有名なハウス食品株式会社が、1913年11月11日に設立されました。
ハウス食品は、創業者・浦上靖介さんが大阪府で「浦上商店」を開業したのが始まり。
浦上さんが出張先の海外で仕入れたカレー粉を基に、日本人向けのカレー粉を開発・研究し、「ハウスカレー」を発売しました。
店頭で実演販売・試食する販売方法で、カレーを日本の食卓に広めることに成功。
日本経済に大きな影響を与えました。
戦争中は日本海軍用のカレーを製造し続け、現在の『ハウス食品』に社名を変更しました。

森永ミルクキャラメル発売

1913年6月10日、森永製菓の代表商品となる『森永ミルクキャラメル』が発売されました。

日本最初のキャラメルは1899年(明治32年)、森永製菓の創業者・森永太一郎さんによって発売したのが始まり。
当初、海外と同じ製法で作ったキャラメルを発売したところ、日本の気候に合わないなどが原因で、売れ行きは不調でした。
キャラメルの品質改良・販売する箱の形の改良を重ね、1913年に『森永ミルクキャラメル』が完成!

翌年開催された、東京大正博覧会でさらに人気を集め、2023年に製造110年を迎える大人気商品に成長しました。

 
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  • ウールワースビル開業

1913年4月24日、アメリカ・ニューヨーク市役所の近くにウールワースビルが開業しました。
ウールワースビルは、高さ241.4m・58階建てのビルで1930年まで世界一高いビルとして世界中の注目を集めました。
ヨーロッパのゴシック教会を思わせる美しさから、【商業の大聖堂】と呼ばれていました。

58階は展望台として、多くの観覧客で賑わい、アメリカ経済を支えました。
2024年現在は、ニューヨーク市歴史建造物に指定されています。

 
 
ノスタ
 1913年(大正2年)の経済ニュースを一覧でまとめました。
日本・世界に誇れる出来事が勢ぞろいだね!

『ハウス食品』『森永製菓』の2社は、子どもから大人まで人気の商品を作っている会社。
日本人の好みに合うように改良を重ねていって、大ヒット商品までに成長させるのはすごいね!
日本史では知れないことを知れた気持ちになるよ。

2024年の経済ニュースにも注目していこうね☆

 

まとめ:どんな時代だった?

 

 
カッシー
 ここまで1913年(大正2年)の出来事をジャンルごとに紹介しました。
最後に「どんな時代だったのか」を一覧でまとめてみたよ!
 
1913年はどんな時代だった?【まとめ】

●日本“初”が登場!

・海外に設計・建設を依頼した初戦艦『金剛』登場
大学初の女子学生が誕生
・日本のスポーツ界に「硬式テニス」が新たに登場
・カレーメーカー「ハウス食品」、日本人好みの味「森永ミルクキャラメル」誕生

●歴史的芸能人の誕生と偉人の別れ

・コシノ三姉妹の母「小篠綾子さん」、芸能界の大御所「森繫久彌さん」誕生
“江戸幕府最後の将軍”徳川慶喜さんが死去

●日本・世界で事件が多発

『電殺殺人事件』『愛知貰い子事件』が日本中を震撼
『南京事件』で日本人、『ワグナー事件』で村の住民が被害に遭う

 

 
ナッツー
1913年(大正2年)がどんな時代だったかを紹介しました。
改めて一覧で見ると、とても濃い1年だったことが分かるわね。

今回紹介した出来事以外にも、1913年はいろんな出来事が起きているよ!

大正時代の日本はとても興味深いから、気になる人はぜひ調べてみてね☆